| 少林寺拳法南秦野支部活動の軌跡 | |
| 2005年8月 |
総本部より仮運営許可を受ける。 総本山少林寺南秦野道院、財団法人少林寺拳法連盟南秦野支部として発足。 神奈川県秦野市立南が丘中学体育館、南が丘小学校体育館を修練場所として土曜、日曜を稽古に当てることとなる。 責任役員(顧問)に、元県議会議員古谷よしゆき氏(現秦野市長)、秦野市議会議員福森登氏を迎える。 開設当初は、ポスターやチラシなど、精力的に掲示、配布したが、入門者はまったく無かった。 数名の見学者が来たが、道院長一人の為、実際の稽古が見せられず、入門には至らず。 一人きりで、体育館を開け、自主トレーニング、一人鎮魂行、1時間ほどで閉めるというパターンが3ヶ月ほど続いた。 |
| 2005年10月 | 秦野道院時代の旧交ある、休眠拳士に協力を依頼する事を思い立つ。 10年以上休眠している数名に声を掛ける。 協力はしたいが、仕事などの都合もあり、練習に通えない人がほとんどだった その中で、栗原少拳士二段(現南秦野道院副道院長)が協力を快諾、二人で立ち上げをしましょうという話がまとまる。 他に当たった方々も、練習参加は難しくとも、自営の職場にポスターを貼らせていただいたり、 知り合いの小学生のいる家庭に声をかけてもらったりと、公私に渡り御支援を頂くことになる。 後にその支援が大きな助けとなった。 栗原拳士(以下副道院長と記す)の紹介により、小田原高校の拳法部員であったA君が練習に参加。 1級拳士だったが、連盟の高校支部所属のため、監督であった金原支部長(当時小田原高校教諭)の 御了承を頂き、学校の部を引退するまではオブザーバーとして参加する形を取った。 後に引退後、正式に南秦野道院に移籍し、初段を取得した。 |
| 2005年12月 | 南が丘小学校の3年生女生徒が入門、新入門第一号となる。 続いて同、一年生の男子生徒が入門。 和田准拳士初段が、伊勢原支部の休眠から復帰、高校3年生の娘さんも入門する。 復帰に際しては、杉崎伊勢原支部長の快諾を頂く。 南が丘地域スポーツ交流会に参加。 地域の少年スポーツ団体が連携して、活性化を図るという趣旨に賛同し、少年野球、サッカー、 バスケットボール、体操などの団体関係者と交流を始める。 |
| 2006年8月 |
本認証も受け、正式な運営許可が下りる。 思考錯誤の連続でした。 小学3年生のMさんが、最初の門下生となって、弟の年長さんが入門してくれました。 最初は、大丈夫かな?と思ったけど、どうしてどうして、立派に上達しています。 1年生のS君はお父さんとお母さんが熱心で、5年生のお姉さんも入門しました。 技の覚えの早さは、御両親譲りでしょうか? 大人でも覚えにくい、天地拳第六まできっちりこなします(道院長フライング!?) 感動したのは、Mさんのおばあちゃん(と言ってはお若すぎる)Sさんが参加されたことです。 活発で、積極的な姿勢が素敵な女性です。 おばあちゃんがいっしょだと、お子さん達も安心するみたいです。 そして、Mさんのお父さんも参加!ファミリーでというのは、実は理想的な参加形態なのです。 もうすぐお二人とも、昇級し茶帯となられるレベルに達しております。 お子さん達は、もう緑帯と黄色帯ですから、負けないで下さいね。 Kさんご家族の入門に関しては、厚木道院長である、日當先生のご推薦を頂きました。 さて、それから、学校の同級生やお友達が少しずつ見学や、体験入門に来ていただいております。 少年部は、いっそう賑やかになっていきそうな勢いです。 次の目標があります。 修行の成果を発表することです。 秦野市の大会を始めとして、勝敗が目的ではない、表現の場があります。 世界大会まで、いっしょに行きませんか? |
| 2007年11月 | 第1回秦野市少林寺拳法協会演武会開催 南秦野から1年遅れて発足した秦野東支部とあわせて、秦野市には3つの支部ができました。 西湘ブロックの支部は10支部となり、合同でのイベントも盛んに行われるようになりました。 少しずつ、演武会にも参加していこうと、少年拳士に演武指導を始めました。 大会で、小さな賞でももらえると、それが弾みになって、一気に伸びる拳士がいます。 今年は、伊勢原大会で初の入賞が出ました。 賞を取れなかった子供たちが、次は絶対、自分も入賞したいと意欲を燃やし始めました。 秦野市演武会では、参加者全員が表彰され、県大会、全国大会へと、次なる目標ができ始めています。 3年目で、延べ30人ほどの入門、現在の常時稽古参加者は、平均15名ほどになりました。 このサイトを見て見学に来られる方も、結構います。 どんどん、賑やかになっていくことでしょう。 |
| 2008年2月 | 1月に入って、厳しい寒さが続く中、毎週10人前後の稽古参加者を維持しております。 |